ロシアではワグネルの乱が沈静化し、6月26日未明、繁二(通称〝繁じい〟)が亡くなった。たくさんの人が嘆くわけでもニュースになるわけでもなく、ひっそりとこの世界から、去った。
義理の息子である羽光の耳は痛くなり、
娘の私が運転する車のラジオはピーと鳴りだし(放送終了?)、
孫には鳥肌がたった。
繁じいらしい、ちょっとしたメッセージだなと思う。
いつも自分のことは後回しにする、気が弱くて、やさしい人だった。
マイルドな死
繁じいは一体いつ死んだのだろう。
死亡時刻は3時13分だが、それは病院に到着した私の目の前で医師が確認した時間。呼吸が止まったのはもう少し前。そして遡ることふた月前、脳出血をおこしてから会話はできなくなっていた。目は開いているし、トントンと触れるとこちらを向くけれどもそれはただの反応で、「意識があるといえないのではないか?」と思ったことを覚えている。
その前から認知症があり、耳も遠かったのであまり話すこともなかった。突然の事故死などに比べ、死に方としてはマイルドなほうではないだろうか。それだけこちらに準備期間をくれたはずなのに、私は何もできなかったし、何もしなかった。
葬儀会社とのやりとりを終えて病院の外に出ると、空が明るくなっていた。繁じいはSFが好きだったので、「この世界は自分の意識の中だけにあるのでは」と考えたこともきっとある。でも見て。あなたの意識がここから消えても、世界はあるよ。きれいだよ。
生まれたときと、死ぬときの祭り
お葬式には松・竹・梅みたいな選択肢があり、竹っぽいプランにした。羽光には寄席の仕事があったが、私の希望で休んでもらった。なぜならこれは繁じい一世一代の祭りだと、思ったから。
人にとって最もでかい祭りは、生まれたときと死ぬときだ。「いえ、私はノーベル賞を取ったのでそれが大祭りです」という人もいるかもしれない。でも、人が身体を持ち、意識が生まれてまた消えていく大事件に比べれば、そんなことも泡のひとつのような気がする。人生で大きな活躍をした人はたくさんの弔問客を集めるのだろうが、それもささいなこと。
生まれたときの祭りはスルーしてもいい。その後にあいさつする時間がある。でも死ぬときの祭りは、最後のチャンスだ。私もろくでもないし、羽光と繁じいとの仲も良好ではなく互いに唐揚げの数に目を光らせるなどしていたので、ここであいさつしておいたほうがよいだろうと考えた。
なにより、その日は珍しく、繁じいが主役となる日なのだ。
ミッドサマーみたいなお葬式と、栗せんどろぼう
やってきたお坊さんお経はとてもわかりやすかったし、松明に見立てた棒を投げるシーンもあって盛り上がった。映画『ミッドサマー』のように、やりどころのない感情をどうにかこうにかするため、私たちは長い時間をかけていろんな儀式をつくりあげてきたのだろう。
人は自分のなかだけでなく、他人のなかにもちょっとずつ存在する。私のなかの繁じいは、お葬式のあいだずっと笑ってくれていた。認知症が進行する前の状態で、半袖シャツにショルダーバッグスタイル。これから飛行機に乗るのだという。勝手な妄想に過ぎないけれど、そのイメージは私を勇気づけてくれた。
棺に、繁じいの好きだった栗せんを入れた。うっかり持ち込みすぎて栗せんだらけになってしまい、「これでよいのだろうか?」と思っていたところ、事件が起きた。
「栗せん食べたい」
繁じいの妻・よしこが栗せんをひとつ取ったのだ。(え? 棺のなかから普通取る?)とびっくりしたけど、そもそもよしこは普通ではないし、普通なんかどうでもいい。それに、繁じいはそんなよしこが大好きなのだ。
よしこは栗せんを盗んだ。
私は全然やさしくなかった。
でも、よい祭りだった。
繁じい、ありがとう。
よい旅を。