無能日記

わらを編んで生活しています。

コミュニティを抜けた話

Xには書いてないちょいちょい参加していたコミュニティがあり、抜けようかなと思っている。なんでかというと、見返りがなさすぎる。
ああ、私はなんて強欲なのだろう。

抜けるというより諦めた

抜けるといってもちょっと足が遠のくくらいで、たいしたことではない。多分私が来ないことに誰も気づかないだろう。

そう。そこが問題。私は抜けるというより諦めたのだ。コミュニティに参加することに。

コミュニティに参加するとは、自分の居場所を作ること。居場所とは、「自分がそこにいてもいい」と思える場所。「自分がそこにいてもいい」と思える場所は、攻撃されず安全で、認められる場所。今回は「認められる」が実現できなかったので、「見返りがない」と感じてしまった(具体的には無視されるなどがあった)。

「見返りを求める」はカスの行為とされているけど、見返りがない自由参加コミュニティに参加するのは実際難しい。長続きする場合は「やりがいを感じる」「参加することで楽しい時間を過ごせる」「役割を期待されている」「存在を認知される」などなんらかの見返りがあり、参加するためのコストとバランスが取れているはず。見返りの多くは自分だけでは実現できない。周りに依存するので、「コミュニティに参加できなかった」も十分あり得る。コミュニティは誰にでも開かれているわけではないのだ。

いろんなコミュニティに入れなかった

思い返してみると、いろんな輪に入れなかった。未就学児のとき、友達の家に行ったはずがその場にいた全員から無視され、つまり全員が友達でないことが判明し泣きながら帰った。友達を作ろうと思って入った大学のサークルは友達が1人もできずに辞めた。今も私がLINEグループに投稿すると過疎化する。

「コミュニティが多すぎて大変」という人もいるので、いろいろなところに馴染めないのはやはり私自身に問題がある可能性が高い。強欲だし、自ら役割を取りに行く努力もしない。それらを覆す魅力もない(これ以上は自虐になるので止めよう)。

コミュニティ無理

おそらく私はコミュニティに向いていない。でもたいていのことには向いてない人でないとわからないことがあるので、今後も研究を続ける。残念なことに、人には人が必要だ。それに私は強欲なので、存在を認めてほしい。